はじめに
我が家には1歳になった娘がいます。私は元来、子供におもちゃを買い与えることにあまり良い感情を抱かないのですが、子供におもちゃを買い与えることに、私が思ってもいなかった様な効果があることが分かったのでここに記録します。
子供とおもちゃの関係性
子供とおもちゃに適切な関係性があるのか無いのかはわかりませんが、私としてはおもちゃがないと遊べない様な子供には育って欲しくなく、その辺にある物を独自に解釈して、おもちゃとして遊んで欲しいと思っています。これはつまり、他人が作った世界の中で遊んで満足するだけではなく、自分が世界に働きかけながら、誰も思いもしなかった新しい価値を見出して欲しい、と言う思いにつながっていると私は考えています。
一方で、最近の子の部屋はおもちゃで溢れています。私の会社の同期のお宅へお邪魔した際に、そのおもちゃの多さに驚愕しました。私の家は経済的に豊かではなかったのであまり多くのおもちゃを買ってもらった記憶がないのですが、それ故、最近の子供部屋のおもちゃの多さに圧倒されてしまう部分もあるのだと思います。「片つける」と言う言葉が虚しく思えてくるほどおもちゃが散乱しています・・・。
この状況が一般的だとすると、私はやはり子供におもちゃを買い与えたくないと心の底から思ってしまいます。
おもちゃがもたらす価値
さて、そんなおもちゃですが、一般的には子供が遊ぶために存在すると思われていると思います。疑う余地もなく私もそう思っていました。おそらく、これは私が子育ての一部分しか見ていなかったためだと思います。
私の妻はダラスで初めての子育てで孤軍奮闘しています。私はそのことを毎日見ていて充分に分かっているつもりでした。それゆえ、今以上におもちゃを買う必要など何もないと思っていました。おそらく前出の会社の同期のお宅や、その他一般的なお宅からするとかなり少ないとは思いますが、それでも子供が遊ぶには充分な数があると思っていました。
ところが、ある時妻が言った一言が私が子供のおもちゃを見る目線を完全に変えてしまいました。曰く、「昼寝をしている時間、おもちゃで遊んでいる時間だけが子供から目を離せる自分の時間になる。」とのことでした。
この一言は、なかなかのインパクトがありました。
起きている間の子供は全力で遊んでいるため、おもちゃで一通り遊びきるとその辺のものをおもちゃにして遊び出します。娘にとってはなんだっておもちゃです。お気に入りは醤油とみりんのボトルだったりします。こうなると目が離せません。
うちにもご多聞に漏れず子供が危険なところに近づかない様にフェンスを設置しているのですが、もちろん家に合わせて作られているわけではないので、しばらくしたらすぐに隙間から抜けてキッチンの方に行ってしまい、今では当然の如くキッチンまで行ってその辺を散らかしまくってます。
この時に、子供がまだ見たことのない新しいおもちゃがあると何が起きるか?
言うまでもありませんが、そのおもちゃに集中して遊ぶことでしばらく時間を稼げます。そう、おもちゃは子供が楽しむためのものであると同時に、子育て中の親が集中して何かに取り組むためのものでもあったのです。そう考えると、おもちゃってやつはそんなに安くないものでも、本人が好きで集中して遊べるのであれば、その値段以上に買う価値があるのではないか?と思うようになりました。
まとめ
- おもちゃは子供のためにあると同時に、子育て中の大人の時間を確保するためにもある